【リポート】音楽出版社といかに付き合うか  今、インディーズ・アーティストが知るべき最新事情 〜 Music Lane Open Lecture Vol.3

変化を続ける音楽シーンにおいて、インディーズ・アーティストが、自身の音楽を、沖縄からより広く、より遠く、より多くの人に届けるために必要なことは? その鍵を探るべく、毎回、最先端の音楽シーンで活躍する講師を迎え、さまざまなテーマでレクチャーを行っている「Music Lane Open Lecture」。2021年10月19日、20日の2日間に渡って開催されたvol.3のテーマは、音楽出版。自分が制作した作品には、どのような権利があって、どのような契約、管理が必要なのか。インディーズのアーティストにとって、音楽出版の役割はわかりにくいものです。今回は、ニューヨークに本社を構える世界的な出版会社「Downtown Music」の日本支社で代表取締役を務める齋藤妙子さんを講師に迎え、音楽出版の基本的な知識や最新事情についてお話いただきました。インディーズのアーティストは、これから音楽出版社とどのように付き合っていけばよいのか、どんな選択肢があるのか。音楽出版の実情を学びながら、そこにある新たな可能性やメリットを考えたレクチャーの様子をレポートします。

 

「Downtown Music」が世界的に求められている理由

「実は日本に合計5年くらいしか住んだことがないんです」というほど、海外居住歴の長い齋藤さん。もともとはDowntown Musicロサンゼルス支社に勤めていましたが、2018年、渋谷区恵比寿にオフィスを構えるDowntown Music Japanの代表取締役に就任。それを機に拠点を日本に移し、音楽出版という側面から海外との架け橋となるさまざまな活動に注力されてきました。レクチャーはまず、そんな齋藤さんが勤めるDowntown Musicとは、どんな会社なのかを知ることからスタート。Downtown Musicは、ニューヨークを本拠地に、ロサンゼルス、ロンドン、アムステルダム、パリ、ソウル、シンガポール、ニューデリー、サンパウロ、東京など世界23都市に支店を持ち、約500人の社員が働く音楽出版会社。クライアントとして契約するのは、世界中のインディーズ・アーティストたち。彼らの音楽を管理するため、世界各国の50著作権団体と直接契約をしており、計215国から著作権使用料を徴収しています。Downtown Musicが持つ独自の強み。その一つがこの「直接契約」だと齋藤さんは語ります。

「通常、外国から著作権使用料を徴収する際、その各土地にサブパブリッシャーと呼ばれる仲介の出版社が存在します。本来は、そこを通すのが基本ですが、Downtown Musicはオリジナルパブリッシャーと直接契約をしているため、サブパブリッシャーに手数料を支払う必要がありません。これはアーティストの権利関係において、とても重要なことだといえます。メジャーでも未だにサブパブリッシャーを通す会社が多い中、インディーズでこの仕組みを可能にしている会社はかなり珍しく、弊社が世界で重宝されている大きな理由のひとつだと感じます」

近年は、自社で配信業務を行うほか、アメリカ、ヨーロッパ、アジア全域の配信サービス、SNS各社、ライセンシング・エージェンシーなどと直接契約。世界中からすべての楽曲にストリーミングアクセスできるのもDowntown Musicの強みだとか。「音楽出版において一番重要なのは、徴収」と言い切る齋藤さん。そのため、Downtown Musicでは、さまざまな角度から正しい徴収のための業務を行い、テクノロジーを駆使して、音楽出版社としての重要な役割を担っています。世界中で再生、演奏された音楽のロイヤルティ(印税)をクライアントに代わって徴収し、権利者に分配する「ROYALTY COLLECTION」、著作権を守るため違法な使用がないか、第三者による新たな使用がないかモニタリングする「COPYLIGHT」、ラジオやテレビなどにおける音楽の使用状況をリアルタイムで追跡、分析する収入追跡機能を使用し、クライアントに正確性のあるロイヤルティを提示する「INCOME TRACKING」。さらには、新しい音楽を開発したり、既存の作品価値をグレードアップさせるため、Co-writingセッションを組んだり、楽曲の提供先を探したりする「CREATIVE SUPPORT」というユニークな取り組みも。そんなDowntown Musicが契約しているクライアントは、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、マイルス・デイヴィス、ウータン・クランなど名だたるアーティストたち。世界中の人たちが知るあの名曲たちの権利が、この会社で管理されているというわけです。

なぜ今、インディーズ・アーティストの徴収に特化するのか?

Downtown Musicがインディーズ・アーティストの徴収にこだわる理由は、昨今の音楽シーンの動向に由来しています。リサーチ資料によると、音楽業界の利益はこの6年で年々上がってきているとのこと。その大きな理由として挙げられるのが、デジタルリリースの急増。2020年11月の時点で、4700万人の新しいアーティストがデジタルリリースを行っており、そのうちメジャーとインディーズの割合を比べると、圧倒的にインディー・アーティストのリリースが多いというデータが見られました。

「昨今のコロナ禍で、デジタル化の加速はさらに強まっています。たとえば、2020年のデータですと、Spotifyの1日の登録曲数は6万曲。7億回再生、5000ジャンル、36言語となっていますが、この3割がインディーズ・アーティストによる楽曲なんです。これは、かなり大きな数字。つまり、独自にリリースしているインディーズ・アーティストは増え続けており、マーケットシェアとして無視できない領域になってきているということです。そうした流れを見ていると、これだけ多くのインディーズの人たちがリリースを行い、音楽業界における大半の利益を担っているのに、管理はしっかりできているのか?ということが懸念されるようになってくる。Downtown Musicは、そこに注目したんですね。よく多くのインディペンデントな人たちに、ちゃんと契約しやすい状況や、徴収しやすい環境を用意できるように。そのために、インディーズ・アーティストのグローバルな音楽出版業務を行っています。こうした動きは、弊社だけでなく、同じような会社が加速的に増えていて、インディーズ・アーティストの著作権管理は今の音楽シーンで、とても重要な課題ともいえます」

 

著作権とは? 出版権と原盤権の違いって?

トークは、いよいよ音楽出版における権利の話題へ。

「まずは、著作権。これは自分の作品を複製する、流通する、演奏する、カバーを作るなど、すべての権利のことです。次に、出版権は楽曲の原型に対する権利。その楽曲が誰に何回カバーされても同じ楽曲として認定されます。そして原盤権は、レコーディングされた音に対しての権利です。じゃあ、出版権と原盤権ってどう違うの?ということなんですが、たとえば、ホイットニー・ヒューストンが1990年代にリリースした『I will always love you』という有名な曲についてお話しましょう。あの曲は、実はもともとシンガーソングライターのドリー・パートンが1970年代に作詞・作曲して発表したものなので、出版権はドリーが持っていることになります。ホイットニーは、そのドリーの曲をカバーという形でレコーディングして、メジャーからリリースしました。なので、彼女が持っているのは原盤権ということになります。出版権には多くの印税が関わってきます。CDで売れた枚数、デジタル再生回数に対するメカニカル・ロイヤリティ、ラジオやクラブ、お店などで流れたときに発生する演奏権、さらにインターネットラジオで再生されたときに発生するマイクロシンクという印税や、楽譜に対しての出版権など。これに対して原盤権は、あくまでレコーディングロイヤルティなので、その楽曲を誰かがカバーしてリリースしたり、演奏したりしても何も印税は入ってきません。この違いは大きいということを理解していただけたらよいと思います」

ただし、デジタルサービスにおける分配率は、現在、出版権が12%、原盤権の分配は55%となっており、原盤権のほうが圧倒的に多いのが特徴です。この出版権と原盤権の分配をめぐる議論は、デジタル化が進む昨今において、世界中で注目を集めているトピックだそうです。

 

音楽出版にまつわる海外と日本の違いとは?

次に、世界各国の音楽出版事情を知る齋藤さんから、海外と日本の違いについての説明です。日本においては、アーティストが印税を管理したい場合、まず代表出版となる音楽出版社と契約するのが主流。代表出版は、日本にある2つの著作権団体「JASRAC」か「NEXTONE」に管理委託をし、そこから印税を受け取り、作家などに分配します。これに対して、海外では、作家個人で著作権団体に出版登録、作家登録ができるため、代表出版というやり方がほとんど見られません。

「言い換えると、日本のクリエイターは、JASRACかNEXTONEといった著作権団体に登録していなくても、音楽出版社に登録していれば印税は受け取れるということです。というより、著作権団体には法人しか登録できないので、アーティスト個人としてはどうしても音楽出版社と契約する必要があります。これに対して、海外では、アーティスト自身が著作権団体に登録していないと印税は受け取れません。自分で直接、登録するのは面倒だという人たちもいるので、その場合は出版社に権利を売って、管理してもらう代行サービスで取引することができます」

この違いが、印税の分配にどう影響してくるのか。分配率でいえば、日本も海外も基本的には、50%が音楽出版社分、50%が作詞・作曲家分なので、違いはありません。(日本では稀に作詞・作曲家取り分33%という場合もあり)。ただし、海外では、作家自らが出版登録をできるので、たとえば、アーティスト一人で作詞作曲して、自身で出版登録もして、すべての権利を持てば、100%の取り分があることに。日本では、個人で出版登録ができない分、どうしても50%以下しか取り分がないことと比べると大きな違いが出てきます。

「日本のアーティストは、自分で音楽出版社を選ぶことはほぼないと思います。たいがいは所属しているレーベルや事務所に委ねて、そこが代表出版と取引しているでしょうね。これに対して、海外ではレーベル、事務所と、音楽出版社と別々に契約を行います。レーベルや事務所より音楽出版社との付き合いを重要視するアーティストが多い。それはなぜかというと、出版取り分の50%をどう分配するか選べるからです。もちろん自分で出版登録していれば50%丸々受け取れますが、先ほど話した代行サービスの場合、50%を作家と出版社で半分ずつ分けるケースや、手数料の10~20%を出版社が受け取るケースなど、さまざまな選択肢があります。中には出版社に50%すべて渡して、権利を渡す分しっかり印税を徴収してくださいねとお願いするケースも。海外の皆さんは、そうやって自分の価値、金額に見合ったものを考えて、出版権のありどころを選んでいます。誰が権利を所有するのかということはとても大切なことなんです」

 

気になるJASRAC登録について

JASRACは、すべての権利に対して管理、徴収、分配をしている団体。NEXTONEは、演奏権以外の権利に対して管理、徴収、分配を行っている団体。現状、両団体とも、個人では出版登録ができないことになっています。日本において、海外のように自ら出版権を所有しようとするなら、法人として音楽出版社を設立する必要がある。しかし、個人のインディーズ・アーティストがそこまでするのは、なかなか難しいことなので、印税の分配率が少なくても、音楽出版社と契約しているのが実情です。

「よくJASRACに届け出をしたほうがいいのか、悩んでいる方々の話を聞きますが、私個人としてはおすすめしたいですね。音楽出版社を通して届け出している人も、そうでない人も、JASRACには、個人の著作者が演奏権、録音権において締結できる信託契約というものもあり、これを契約していれば、作家としての分配を受け取ることができます。たとえば、海外で印税が発生した場合、海外の著作権団体からJASRACに作家分配が送られるんですが、JASRACと信託契約してないと、受け取ることができないので、もったいないなと思います。ただ、JASRACに届け出をした場合、テレビやCMでの放送使用料について懸念される方もいらっしゃるので、ご自身にとってどちらにメリットがあるのか考えていただくとよいのかもしれません」

実際に、JASRACが徴収、分配している金額について近年のデータを見てみると、齋藤さんいわく「ちゃんと管理されて、徴収、分配されている」とのこと。

「特に、店舗で流れる音楽に関わる演奏権の徴収額は、アメリカの倍以上なので、とても優秀だと思います。日本各地でしっかり調査をされているんだなと感じる数字ですね。注目したいのは、海外で流れている日本の音楽の徴収について。全体で見ると、とても低い数字です。JASRACがどれだけ頑張っていても、海外の著作権団体が『日本のこの楽曲がここで流れていますよ』という申告をしてくれないと徴収できないので、現地の団体はそこにもう少し力を入れてほしいと訴えたいですね。そういう意味で考えると、世界各国から直接徴収できる弊社のような音楽出版社や、現地でサブパブディールを行う会社の役割が大きいのかなと感じます」

 

Downtown Musicと契約する日本人クリエイターの好例

日本のインディーズ音楽は、昨今、海外でも広く聞かれるようになっています。そんな現状を踏まえて、実際に、Downtown Musicと契約している日本人クリエイターの例をお話いただきました。

「世界各国で活躍中のプロデューサー、作詞編曲者であるJAZZTRONIKの野崎良太さんは、日本でご自身の法人音楽出版社を設立し、独自に出版登録を行っています。そして、海外では、その出版社をDowntown Musicが管理するというサブパブリッシャー取引をしています。取引後、新しい作品がグローバルなジャズのプレイリストに入ったり、過去にリリースされた楽曲がアメリカのプロデューサーにサンプリングされたり、海外で多くのおもしろい動きが展開されるようになりました。そうした海外で発生する印税は、弊社が徴収し、そこから野崎さんに直接お渡しするという流れで行っています。もう一人、作曲家の林ゆうきさん。彼が制作した『ヒロアカ』というアニメ音楽は海外でも大人気で、ニューヨークで演奏する機会もあり、これからは海外での活動にも力を入れていきたいということで、日本の代表出版と契約するのではなく、海外の音楽出版社と専属契約したいと。Downtown Musicに洋楽として登録するという動きが出てきています」

では今、出版社登録していないインディーズ・アーティストで、海外での展開も視野に入れている人たちには、どんな選択肢があるのでしょうか。齋藤さんが、そのひとつとして挙げるのは、Downtown Musicの姉妹会社である「Songtrust」への登録。出版管理の代行サービスを実施している会社で、グローバルなデジタル著作権管理を実現。100ドルの登録料と、手数料15%を支払えば、誰でも登録可能です。

Songtrust
https://www.songtrust.com/

 

財産としての大きな価値を持つ著作権

「今の音楽マーケットは、著作権がとても重要視されている時代」と語る齋藤さん。最後に、海外で今起こっていること、そして未来に向けて何が必要かを教えてくれました。

「2020年12月に、ボブ・ディランが、4億ドルでユニバーサルに全作品の権利を売りました。とても大きな金額で話題になりましたよね。最近、海外ではこういったトレードをいろんなアーティストが行っています。こんなことがどうしてできるのかというと、単純に自分たちで権利を持っているからです。だからこそ、売るという選択肢が生まれるんですね。そもそもなぜ売っちゃうの?って疑問もあるかもしれませんが、ボブ・ディランのように高齢の方になると、今売ってキャッシュをもらったほうがいいのではということになる。今後、著作権は、さらに価値が高くなり、どんどん値段があがっていくと思います。著作権の期限は、どんどん延びていて、日本も著作者の死後50年だったものが、今は70年になっています。弊社が契約しているマイルス・デイヴィスは、現在、遺族の方々とやりとりしていますが、そのように著作権を遺産と考える人も多い。なので、誰が権利を持つかってことはとても大事です。ボブ・ディランの4億ドルと聞くと、世界が違いすぎると思うかもしれないですが、金額はさておき、ぜひこの機会に、著作権がどれだけ価値のあるものなのかを認識していただけたらと思います」

取材・文/岡部徳枝

 

 

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