【Tokyo / Bangkok】 橋本薫(Helsinki Lambda Club) バンコク レコーディング旅行記<後編>

 Helsinki Lambda Clubの橋本薫(Vo,Gt)は、10月、単身タイ・バンコクへと赴き、現地のファンク・ロックバンドFORD TRIOとのレコーディングを行った。
 FORD TRIOは、2017年に結成されたスリーピース・バンド。ブルース、ファンク、ロック、ソウルなどのアメリカ音楽に影響を 受け、エキゾチックな歌詞を Groovy な音楽に乗せて伝えている。この時に録音されたコラボレーション楽曲「เปล่าเลย (なんにも) feat. Kaoru Hashimoto (Helsinki Lambda Club)」が、11/16に配信リリースされた。

 今回の寄稿は、バンコクでのレコーディングのエピソードをアーティスト目線でまとめたもの。国境を越えたアーティストが、どのような思いで制作に臨み、そこで何を感じたのかということがリアルに伝わってくるはずだ。前編・後編、2回に分けてお届けする<後編>が到着。

<前編>は下記のリンクから。
https://musiclaneokinawa.com/archives/53498

 

Text:橋本薫(Helsinki Lambda Club)

 バンコク2日目。壁一面が大きな窓ガラスという小粋な部屋だったため、朝起きてカーテンを開けると何の悩みも無さそうな青々とした空が広がっていた。

 しばらくベッドに寝転び音楽を流しながら空を眺める。雲が流れて形が変わっていく様子をまじまじと眺めたのは何年振りだろう?束の間仕事で来ていることも忘れゆったりと流れる時間に身を任せる。これだけでもタイまで来た甲斐があるってものだ。
 身支度を済ませ迎えの車に乗りレーベルの所有するスタジオへ。外観はスタジオが入っているとは思えない雑居ビルのような佇まいだが、ともあれ階段を登っていく。2階は丸々工事の途中でギョッとしたが、その上は丸々レーベルのオフィスになっており、更に上がスタジオとなっていた。これがタイらしさなのかどうかは定かではないが、日本とは違う雰囲気を感じて、異国にレコーディングに来たのだなとさっそくテンションが上がる。スタジオに着くとバンドのメンバー2人とプロデューサー、エンジニアが出迎えてくれた。

かなり渋い音楽をやっているバンドなのでいかつい人達を想像していたのだが、よく見るとまだ幼さの残る顔立ちでまだ20代前半とのことで驚いた。僕以上に緊張していそうな雰囲気で、彼らにとってもこの国を超えたコラボは初めての経験なんだなと実感する。
軽く雑談を交わし、さっそくブースに入り歌録り開始。あらかじめ用意してきた日本語の歌詞を吹き込んでいく。テイクを重ねる度に嬉しそうな表情でガラス越しにこちらに親指を立ててくる彼らを見て、恥ずかしくも誇らしい気持ちになる。言語は理解できなくても言葉の響きやメロディで気持ちよくなれるんだなという事実を改めて実感した。
 日本語詞の部分は滞りなく終わったが、敢えて一部分タイ語のまま残していた”Plao Loei”という一節の発音が想像以上に難しく、何度も教えてもらいながらようやく録り終わった。言語が理解できなくても気持ち良くなれる一方、英語や母国語でない言葉を使って歌う際にはかなりしっかり発音できていないと違和感を与えてしまうんだなというこれまた当たり前の事実を肌で体感した。その後も興に乗ったメンバーとプロデューサーに乗せられて、本来歌うはずのなかったタイ語のサビの部分を重ねたり苦手なハモりを重ねたりしたが、プロ然とできる風を装ってこなした。最後は冷や汗をかきながらレコーディング終了。どんなミックスになるのかがとても楽しみだ。
レコーディングを終えてしばしメンバーやスタッフと談笑。下の階のレーベルスタッフが様子を見に来たり別のバンドの人が立ち寄ったりメンバーはプレステでサッカーのゲームをやったりとかなりオープンな雰囲気。僕らのバンドもかなりゆるい形で制作などはしている方だが、音楽を作ることが日々の生活の中に自然と溶け込んでいる様子は、見ていてとても羨ましかった。自分たちのスタジオが欲しいなと思ったり、今後の音楽活動の仕方や環境などを考えるきっかけやヒントになったレコーディングだった。
 レコーディングを終えて、スタジオの近くにあるBebopというお店に移動して打ち上げ。ここはレーベルを運営する会社が経営しているお店とのことで、所属アーティストやスタッフはよく利用しているらしい。歌録りの時は仕事で来れなかったベースのスミスがここで合流。大の日本好きとのことで、開口一番日本語で自己紹介をしてくれた。実はメンバーにも日本語を勉強していたことを内緒にしていたようで、彼がいきなり日本語で話したのを見て一同騒然、後に爆笑。かなり粋なサプライズだった。揃ったところでスミスが大好きだというサッポロビールで乾杯。酒が進むと話が弾むというのも万国共通。なぜか途中から日本の漫画の話になり、僕の大好きな「行け!稲中卓球部」という漫画を知っていてかなり驚いた。まさかタイに来て稲中やクロマティの話をすることになるとは。漫画に限らず日本の音楽にもかなり詳しく、嬉しいと同時にタイのインディーシーンの勢いを見ていると、もっと日本のインディーズも世界で闘えるように腕を磨かなければいけないなと身が締まる思いがした。
 夕方から飲み始めて気付いたら22時を回っていた。FORD TRIOはこれからスタジオに戻りライブのリハーサルをするというので、盛り上がった勢いをまだ絶やしたくなかったので着いていくことに。酔いもあるのかゆるやかになごやかにセッティングを終えて、ゆるい感じでリハーサルを始めるのかなと思いきやラップトップからクリック音を出してストイックに合わせ始めた。しかもテンポが変わる曲までクリックをわざわざ作って合わせている。これには正直舌を巻いた。自分が知らないだけかもしれないけれど、日本の周りのバンドで今もクリックに合わせて練習している人達というのはあまり聞かない気がするのでとても驚いた。ストイックさと酔いの混じったリラックス感の合わさったグルーヴを目の前の特等席で味わうことができたのは、この旅1番の収穫、良い思い出だったかもしれない。僕はとても素晴らしいバンドと一緒に仕事ができて、かつ彼らに好きになってもらえたんだなと改めて実感して誇らしい気持ちになった。
 リハーサルが進むにつれ下のオフィスにいたスタッフたちも集まってきて、スタジオの照明をいじってライブっぽくしたり踊ったりして一緒になって楽しんでいる。そんな彼らの素敵な日常の中に紛れ込んで最前で1人踊る酔っ払いの日本人というのは彼らの目にどう映ったのだろうか。かなり奇妙な光景だなと後々思った。
深夜になりリハーサルは終了。スタッフたちも皆仕事を終えリラックスタイム。皆あたたかく気さくに話してくれてとても楽しい時間を過ごした。

彼ら同士の会話はタイ語で何を話しているかはわからなかったけど、きっと日本の若者とも同じような楽しみがあったり同じような悩みを持っていたりして日々を過ごしているんだろうなと、そんな雰囲気を間近で見ながら感じた。観光ではなかなか味わえない、タイの人たちのリアルな人生、生活を垣間見た、と言ったら大袈裟だろうか。
 深夜も過ぎてさすがに疲れたので名残惜しくもホテルに戻ることに。最高の経験をさせてくれてありがとうと伝え、皆に見送られながらスタジオを後にした。
 たった1日の仕事ではあったけれど、日常では絶対に味わえない経験を沢山して、これからの音楽との関わり方を考えさせられるきっかけともなった1日だった。隣の芝は青いとは言うけれど、チームや環境含め純粋に良い音楽を作るということに関してとても理想的だった。このなかなか得難い経験を日本に持ち帰って、これから先の音楽人生に存分に活かしたいし、活かした上でまた彼らと会って今度は逆に影響を与えたい。そうやってこの遠くて近い世界の中で、相互に影響を与えながら素晴らしい作品を世の中に残していくことができたのなら、もうそれ以上求めるものは”Plao Loei.”(何もない)。(了)

 

New Release

FORD TRIO
「เปล่าเลย (なんにも) feat. Kaoru Hashimoto (Helsinki Lambda Club)」

モーラム(タイ東北部に伝わる伝統音楽)の音階とHip Hopのビート感を混ぜ合わせた楽曲で、タイ語詞はFORD TRIO、日本語詞はHelsinki Lambda Clubの橋本による作詞となっており、一曲に2つの言語が響き合うボーダーレスな楽曲となっている。

周りの人からの同情を引きたいがために「自分は他人から虐げられている」「相手の方が間違っている」といった話をしたがる人について歌われている。

配信URL
https://bfan.link/PlaoLoei

 

L→R
稲葉航大(Ba) / 橋本薫(Vo/Gt) / 熊谷太起(Gt)

Helsinki Lambda Club / ヘルシンキラムダクラブ

2013年夏に結成されたヘルシンキラムダクラブは、ボーカル・ギターの橋本薫を中心とした日本のオルタナティブ・ロック・バンド。 中毒性の高いメロディー、遊び心のある歌詞、実験的なサウンドは、一曲ではサーフロック、次の曲ではサイケデリックへと変幻し、音楽的ジャンルや文化の垣根を越える。

国内のフェス出演に加え、香港、北京、上海、台湾等でのツアーを果たすなど、日本のロックシーンにはかけがえのない存在となっている。 アメリカやイギリスのロックが言語を問わず世界に受け入れられたように、Helsinki Lambda Clubの音楽もまた、リスナーに高揚感と快感を与える力を持つ。

https://www.helsinkilambdaclub.com/

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