めくるめくタイインディーズの世界
第7回「タイのライブハウス事情」

タイの街を歩くと感じると思うのですが、タイって街中での音楽と人の距離が近いんです。デパートでも、レストランでも、バーでも、そこらじゅうで生演奏してます。しかも結構な爆音で。しかもチャージフリーで。

ちょっと散歩すれば出くわすほど生演奏の環境が充実しているのに、タイにライブハウスはありません。不思議ですよね。もうちょっと付け足すと、タイに日本式ライブハウスはありません。

Wikipediaでは、ライブハウスについて、以下のように記載されています。

 

ライブハウス(和製英語: live-house)は、ロックやジャズなどのライブやその他イベントを行う、比較的小型で立ち見中心のコンサートホール、または可動式テーブル席を置く飲食店のこと。俗に「ハコ」(箱)とも呼ばれる。

 

日本のライブハウスって、音響設備が整ってるし、照明機材もばっちりだし、ステージもあるし、楽屋もあるし、アンプやドラムセットなどの機材もちゃんとメンテされてるし、演奏する側も音楽を聴く側も、双方にとって良い環境で音楽を楽しめる場所だと思います。さらに、サウンドエンジニア、照明エンジニア、ステージスタッフ、ドリンクスタッフ、チケット担当、と、必要なスタッフがライブハウス側にいます。

日本でライブをやっていた頃は、それが当たり前のことだと思っていて、どんなに恵まれた環境で演奏ができていたのか、知る由もありませんでした。

 

タイでのライブ環境

タイにきて、あれは最上級に恵まれた環境だったんだ、ってことを思い知りました。

もう十数年前のことになりますが、タイでの最初のライブは、繁華街の外れにあった小さなバー。ステージなんてありません。フロアの端っこのほうに機材がポンと置かれているだけ。

バーのサイズに合わせたと思われる小さくて古びたアンプからは、エフェクターかましてないのにオーバードライブがかかったような音がでてくるし、ドラムのシンバルは基本全部割れてるし、というか割れたライドシンバルと錆びついたハイハットしかないし、ドラム用の椅子はなくて高さ調節ができない普通の椅子が置いてあるだけだし、モニターなんかあるはずもないし、「これが海外でライブするってことか」と、感慨深くなった記憶があります。

今はだいぶ環境が整い始めていて、良い状態の機材で演奏できたり、モニターが備わっていたり(系統が分けられなかったりもしますが)、良い環境で演奏できることが増えました。ただ、それでも、日本のライブ環境と同じレベルか、というと、だいぶ差はあります。

でも、インディーズが演奏できる場所が極端に少ないバンコクでは、どんな環境であっても、それに適応してライブするしかないんです。自分のスキルを高めて、どんな環境でも最高のパフォーマンスできるように鍛えるしかないんです(自戒)。

アメリカやヨーロッパなどへツアーしにいったバンドとライブ環境について話をしていると、バンコクの様子とそんなに遜色ないといったような話を聞きます。海外のバンドを見ると「出音が強いなぁ」と思うことが多々あるのですが、それは、こういった環境(自分で出音を強くしないと音が前に出ていかない環境)で育ってきたからなのかな、と思います。

 

タイのインディーズバンドはどこでライブをしているのか?

冒頭で「タイって街中での音楽と人の距離が近い」と書きました。ただ、デパート、レストラン、バーなどで演奏しているバンド・ミュージシャンは、タイで知名度があって持ち曲が有名なバンド・ミュージシャンや、海外やタイの有名曲のコピー・カバーバンドがほとんどです。客寄せのためだったり、BGM代わりだったりなんですよね。

一方で、インディーズバンドが自分の楽曲を演奏できる場というのは限られていて、だいたいは、インディーズ音楽に理解のあるオーナーが経営しているライブバーや、中小規模のイベントスペース(屋外・屋内)での活動がメインとなっています。その数は、日本と比べると相当少ないです。

そのため、巷でインディーズバンドのライブにたまたま出くわす、ってことはそうそうありません。なので、ここで、インディーズバンドのライブが見れる場所をいくつか紹介します。

このコロナ禍を経て(まだ最中ではありますが)、場所を移転したり、閉鎖を余儀なくされてしまったり、だいぶ様変わりはしていますが、現時点でまだ営業を続けているところにフォーカスを当て、エールを送る意味も込めて、紹介していきます。

 

Speakerbox

Thong Lor通りをSukhumvit通りからはいっていった一番奥の右側の廃墟のようなビルの入り口脇に位置するライブバー「Speakerbox」。

アイリッシュならぬタイリッシュパンクバンド「ERROR99

 

バンド系ライブが盛んに企画されていて、また、持込イベントも多いので、様々なジャンルのライブを見ることができます。ステージがないので、日本でいうところのスタジオライブっぽい雰囲気を感じることができ、バンドのライブを間近で体験できます。

BTS Thong Lor駅から車で5分くらい(混んでなければ)。

 

Brownstone

On Nut通りをずずっと直進していった辺りにあるイベントスペース「Brownstone」。敷地はいって左側の倉庫でイベントやったり、敷地はいって正面で屋外イベントやったり、敷地はいって右側の大きめの練習スタジオでイベントやったり、と、多彩な使い方が出来るスペースです。

タイポストロック界の正統派後継バンド「January

 

ロック、ポップなどはもちろん、ポストロックやハードコア、ノイズ、サイケなどなど多岐に渡ったイベントが開催されています。基本、イベントがあるときにしかオープンしていません。

場所はBTS On Nut駅から車で15分くらい、On Nut soi 25の手前に位置しています。

 

Lido Connect

BTS Siam駅降りてすぐにある「Lido Connect」。ビルの2階にホール1~3まであり、ホール1は映画館、ホール2・3がライブやイベント会場となっています。ホール2は、以前映画館だった頃の造りを活かし、客席が渋谷「WWW」みたいに階段状になっています。

タイハードコア界の兄貴分「BrandNew Sunset

 

1階の前庭スペースでは、Lido Connect主催のイベントが不定期でおこなわれています。結構狭めのスペースで、ステージもなく、演奏しているバンドを取り囲むようにしてライブを見るスタイルです。新人バンドをブッキングしたイベントが多く、まだ世に出てない才能を見つけることができます。

 

The Jam Factory

タイ最大河川チャオプラヤー川沿いの複合アートスペース(図書館、カフェ、アートギャラリー、レストランなどを併設したスペース)の「The Jam Factory」。大きな菩提樹がある中庭でイベントがおこなわれます。

タイR&B界の超新星「Alec Orachi

 

イベントがない日も、カフェや本屋、雑貨屋、レストランはオープンしており、チャオプラヤー川を望みながら、ゆったりとアートスペースを堪能できます。

場所はBTS Krung Thon Buri駅から車で5分くらいです。

 

 

Nong Taprachan

チャオプラヤー川沿いのTaprachan船着き場内にある老舗CD/レコードショップ「Nong Taprachan」。ちょこちょこインストアライブが開催されています。演奏するには思いっきり手狭な店内ですが、棚とかテーブルを全部わきに寄せて、無理くり演奏スペースをひねり出します。

タイポップの良心を体現するバンド「electric.neon.lamp

 

船着き場を行き交う多国籍な人たちが覗いていってくれるので、演奏してるほうは楽しいです。

 

 

de commune

以前はThong Lor地区で大いに気を吐いていたライブバー「de commune」。コロナ禍前から移転計画はあったものの、なかなか移転情報が入ってこなかったので、このまま無くなっちゃったら残念だな、と思っていた矢先、やっと移転が完了したようです。

摩訶不思議なリフを纏ったオルタナロック「Soft Pine」(映像は移転前のde commune)

 

まだイベントは打てていないようですが、以前は毎日のようにバンドイベント・DJイベントを組んでいたので、今後に期待です。

場所は民主記念塔近くなので、市中から車での移動になるかと思います。

 

上記以外にも、いくつかインディーズバンドによるイベントがおこなわれる場所があります。そういった場所を、バンコクだけにはなりますが、こちらのBangkok Indies Music Map」と名付けた地図にまとめています。

 

他にも、インディーズの音源を扱っているCD/レコードショップも記載していますし、全然関係ないけど楽器屋や各所周辺のカフェについても、なんかまとめました。

基本、インディーズに特化したので、あの老舗ジャズクラブとか、あの老舗ブルースバーとかは記載してません。また、移り変わりの激しい街なので、さらにコロナ禍ということもあり、いつのまにか閉店になってたり、違うお店に変わってたりするので、実際に訪れる前には開店しているか確認は必要になります。

 

イベントのチェック方法

タイではFacebookやInstagramなど、SNSで情報発信することが多いです。

お気に入りのバンドを見つけたり、気になるフェスなどがあれば、それらの公式SNSページをフォローするのが手っ取り早いです。他には、お気に入りのバンドがライブやったライブバー・ライブスペース、所属レーベル、出演したイベントの主催者の公式SNSページをフォローして、各SNSページのタイムラインを追っていけば、イベントのチェックができるかと思います。

 

どうすればタイでライブができるのか?

さて、このコラムを読んでくれている方のなかには、海外進出を考えているバンド・ミュージシャンの方もいらっしゃるかと思います。なので、ここでは、どうすればタイでライブができるのか、いくつかの方法を提示したいと思います。

色んな方法がありますが、自分から能動的に動く場合、だいたい以下に集約されるのではないでしょうか。

 

・ライブバーにイベントを組んでもらえるよう交渉
・地元のバンドにイベントを組んでもらえるよう交渉
・出演者を募集しているフェスに応募
・ライブバー/イベントスペースを借りて自主企画を実施

 

もちろん、タイ側からフェス・イベントに招聘される、といった場合もあるでしょうし、実際にそのようにタイでライブをおこなった日本のバンドもいます。ただし、大変狭き門で、基本的に招聘される日本のバンドというのは「日本での知名度が世界・アジア・タイにも轟いており、タイでもイベントが成立するくらい集客力があるバンド」となります。しかも、日本からバンドを呼ぶ規模のフェス・イベントは年に何十本もあるわけではありません。

順番が来るのを待ってられないので、上記のように能動的に動き、自分の手でライブの機会をもぎ取りたい、という人を応援するため、具体的な方法を記していきます。

 

・ライブバーにイベントを組んでもらえるよう交渉

上記で紹介したようなライブバーに連絡を取り、「●月頃にタイにいくので、イベントを組んでくれないか?」と交渉する方法です。時間に余裕を持つため、来タイ半年前くらいから交渉するといいかと思いますが、3ヶ月前くらいからの交渉でもいけるかと思います。ライブバーの公式SNSページなどから英語でメッセージを送り、やりとりしてみてください。

交渉の際は、自己紹介のためのプロフィール資料やライブ動画の送付を忘れずに。プロフィール資料の作成方法や、プロフィール以外に必要な資料については、以下のコラムを参考にしてみてください。

めくるめくタイインディーズの世界 第4回「コロナ禍の今のうちに海外進出に向けてやっておきたいこと」

 

・地元のバンドにイベントを組んでもらえるよう交渉

ライブバーとの交渉とほぼ同じですが、交流のある地元のバンドにイベントを組んでもらえるよう交渉する方法です。すでに交流のある、もしくは、今後交流したいバンドにコンタクトを取り、訪タイの日程を伝え、イベントを組んでもらえるようお願いしてみましょう。

この場合、地元バンド側でライブバーと交渉する必要があるため、上記のようにライブバーと直接交渉したほうがライブ実現まで早いように感じるかと思います。実際、ライブバーと交渉したほうが、タイでライブを実現すること自体は早いです。ただ、ライブバーに企画を任せる場合、日本から来るバンドのジャンルやスタイルを見て地元バンドの対バン相手をブッキングしてくれるかとは思いますが、ブッキング担当にシーンでの人脈がなかったり、自分達とは異なるジャンルにしか人脈がなかったりすると、ちょっと的が外れたブッキングとなる可能性が高く(それはそれで面白いのですが)、イベント自体の成否に関わってきます。

地元バンドにイベントを組んでもらえれば、少なくとも、自分が音楽性を気に入って交流している・しようとしているバンドとは一緒にライブができます。そんなバンドがブッキングしてくれたイベントであれば、共演バンドやお客さん含め、そこから繋がっていく縁もあるでしょう。

 

ただ、ライブバーにお願いするにしても、地元バンドにお願いするにしても、懸念はあります。集客です。

タイに行ってライブをする、ってこと自体は、実はそんなに難しくないです。ですが、多くのタイの人たちにライブを観てもらいたい、となると一気にハードルが上がります。

ライブバーのプロモーション力が凄い、とか、イベントを組んでくれた地元バンドが現地で知名度のあるバンドだった、とか、そういうのがあれば集客面は安心できるかと思います。そうでない場合、タイでライブをおこなう前から、現地での知名度を上げて集客に寄与できるよう、まずは自分達で努めてみるのもいいかもしれません。現地での知名度向上については、こちらのコラムを参考にしてみてください。

めくるめくタイインディーズの世界 第5回「タイでファンを獲得するためにしておきたいこと」

 

・出演者を募集しているフェスに応募

日本や他の国と同じように、タイでも音楽フェスが盛んに開催されています(コロナ禍では中止・延期が相次ぎましたが)。基本的には公募はしていないのですが、タイ初のショーケースフェスである「Bangkok Music City{https://bangkokmusiccity.com/}」などは開催時期が迫ってくるあたりで出演バンドの募集をかけていました。オンライン・オフライン問わず、新たなフェスも次々と生まれているので、フェスや音楽メディアの公式SNSをフォローして、情報を追ってみてください。

タイ以外の国については、Music LaneのWebサイトでもニュースリリースが発せられてますので、こちらもこまめにチェックしておくと、色んな情報が入手できるかと思います。

【Okinawa / 沖縄】「Music Lane Festival Okinawa 2022」開催決定・出演アーティスト公募開始

【カタルーニャ / Catalunya】スペイン・カタルーニャのショーケース出演者公募中

【Wales / ウェールズ】「Focus Wales」出演アーティストの募集を開始!

【South Korea / 韓国】”Seoul Music Week” 出演アーティストの募集開始

 

・ライブバー/イベントスペースを借りて自主企画を実施

書いておいて難ですが、これは相当ハードル高いのでやめた方がいいです。

日程を決め、場所を確保し、スタッフを確保し、共演バンドに声がけをし、フライヤー作って、プロモーションをする、というのが最低限しなくてはならないことです。これを全部タイ側とおこないます。基本は英語でおこなうかと思いますが、相手側の英語得手不得手や、細微に渡る詳細の伝達などを考えると、どうしてもタイ語が必要な場面もでてきます。場所を確保というだけでも一苦労で、そもそも日本のライブハウスを借りるのとは勝手が違いますし、仕組みも違いますし、いちいち交渉しなくてはなりません。

また、イベントスペースを借りてやる場合は、機材もステージもない、ただのスペースを借りることになるので、全部自分で手配することになります。ステージ、音響機材(スピーカー、モニター、PA卓など)、照明機材、演奏用音響機材(ドラムセット、アンプ、マイクなど)、サウンドエンジニア、照明エンジニア、ステージスタッフ、チケット担当、などなど、全部自分で手配します。手配が終わったら、ステージ、そして照明、そして音響、と設営のタイムテーブルを組み、チケット担当やステージスタッフの入り時間を決め、実施してもらう内容のブリーフィングをし、それをやりながら当日オープンギリギリまでプロモーションもおこないつつ、オープンしたら不測の事態に備えて各所に目を光らせ・・・、と、言葉で尽くせないくらい大変です。

なので、もう一度言いますが、書いておいて難ですが、これは相当ハードル高いのでやめた方がいいです。それでも気合入れてタイで自主企画やりたいんだ、という方がいるのであれば、相談に乗ります。

 

まとめ

コロナ禍が若干落ち着いたかな、ぬるっとイベント開催の告知が増えてきたな、と思ってたら変異株が現れ、またどうなるかわからない状態になってきました。タイもせっかく海外からの旅客の受け入れハードルがぐぐっと下がっていたのに、また規制を強め始めています。

でも、それでも、いつかはまたタイに気軽に遊びに来れる日がやってくるはずです。その頃には、街中で音楽が轟音で鳴らされているはずです。そうなったら、「Bangkok Indies Music Map」を片手に、今回紹介したような場所に赴いて、生のタイのインディーズシーンに触れに来て下さい。

 

※Music Lane連載との連動プレイリストも合わせてどうぞ。

Music Lane連載 連動プレイリスト「めくるめくタイインディーズの世界」

 

■執筆者紹介

Ginn

タイ・バンコク在住15年。タイ人メンバーと結成したポストハードコアバンド「Faustus」で自身でも音楽活動をしつつ、日本とタイのインディーズシーンを支援するためのレーベル「dessin the world」を主宰。「日本の音楽をタイに。タイの音楽を日本に。」をコンセプトに、日・タイ音楽交流のための草の根活動をおこなっている。

 

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