【解説】テーマは生命。 より大衆的に、普遍的に、明日のための今を歌う。〜マルチーズロック「人類観」

(L→R) もりと(ヴォーカル・ギター)ホールズ(ギター)糸満あかね(サックス・キーボード)竹内新悟(ドラムス)上地gacha一也(ベース)

マルチーズロックのニューアルバム『人類観』について、リーダーのもりと(Vocals& Guitars)は、”POP”だと話す。”POP”とは、時代を反映したより大衆的なものであるということ。それは時代におもねるということではなく、時代の先を見据えて寄り添っていくという、人として、バンドとしての変わらない姿勢を、より明確に表している。

個々人がそれぞれの人生の目標や意味について抱く観念は、”人生観“と言われる。『人類観』というアルバムタイトルには、個人を超えたところで目指すべきビジョンが織り込まれたと言っていいだろう。

今回収録された全13曲を短く紹介してみよう。

オープニングを飾る「123」(M1)は、3分足らずの小品にも関わらず、かなり激辛な沖縄の現実をマルチーズロック風に表現した。
「オモテ・ナ・シ」(M2)は、サウンド的にマルチーズ節が炸裂した1曲。“オモテ・ナ・シ”というのは、いわゆるホスピタリティのことではなく、“表がなく、裏ばかり”と深読みしたくなるが、果たして正解は?
オルタナ・インディーロックの真骨頂とでもいった「野性のサウンドウェーヴ」(M3)には、ボブ・ディランへのリスペクトがとても自然に織り込まれている。個人的には“見張り塔からずっと”をイメージした。
「ヒーローズ」(M4)は、世界からなくなることのない、さまざまな誤解や行き違い、そこから生じる争いが何も生みださないことを教えてくれる。
命のお祝いを歌った「サビラーサビラー」(M5)は、途中に数え歌を挟んだ複雑な構成でどこかファンタジーのようにも響いてくる。
「おばぁの子守唄」(M6)は、世代を越えた平和への祈りだ。未来へのビジョンを描くためには、まずは過去の歴史からの学びがなくてはならない。アナウンサーの多喜ひろみさんの短いナレーションが、曲のもつメッセージに深みを与えている。
「同じ月」(M7)は、アルバム前半のクライマックスとも言える曲。あまりに壮大すぎる美しいラブソングの背景には、誰にも避けて通れない死が透けて見える。そして、遠藤ミチロウへのオマージュ。
夢と現実の狭間の浮遊感を風船に見立て抑制の効いたフォークロック・サウンドで聴かせてくれる「バルーン」(M8)は、確実にライブ映えする作品。
8本足の蜘蛛と蛸をモチーフにした「スパイダーとオクトパス」(M9)では、世の中の矛盾や不条理が歌われる。
「ラブコール」(M10)は「バルーン」と曲調はまるで異なるものの、“風船”が象徴的なメタファーとして登場する。
「人類観」(M11)で歌われるのは人々の多様性。人類が目指すべきビジョンを歌う背景には、”人類館事件”のレイヤーも当然のように織り込まれている。
本編を締めくくる「ダンランラン」(M12)のヴォーカルは、糸満あかねが担当。アルバム全編に漂う緊張感を一気に解きほぐすような優しさで包み込む。
ボーナストラックとして収められた「ダウンタウンダンス」は、バンドのルーツとも言える作品の2022年の新録ヴァージョン。楽曲の進化がみてとれる。

7年前の2015年の秋、マルチーズロックはアルバム「ダウンタウンパレード」をリリースした。あの年の夏、中東シリアを出てヨーロッパへと向かう数多くの難民の姿が世界的なニュースとなった。ニュース映像を通して見た、ハンガリーの首都ブダペストからドイツ国境へと向かう難民たちの列は、「ダウンタウンパレード」で描かれた世界観と重なった。この曲は、愛すべきホームタウン・那覇栄町に生きる人々の生きる力を下地に、沖縄戦に巻き込まれたひめゆり学徒隊の記憶、レクイエムを重ねあわせたものだ。

2022年2月24日、ウクライナとロシアの間で戦争が始まった。ウクライナ難民の多くは、隣国ポーランドを目指していた。2015年の夏に見た映像と、今、目の前にある映像はそのまま地続きだ。もっと言うなら、77年前のひめゆりの辛く悲しく暑い夏から何も変わっていない。

アルバム全体から浮き上がるテーマは“生命”だ。生命の尊さや、このハードタイムスを、いかに生き伸びるのかということが、12曲+1曲で歌われる。今をどう生きるのか、それは常に突きつけられるテーマだ。

音楽にできることは限られている。3年目に入ったコロナ禍、そしてウクライナでの戦争。明日の見えない不安な道行きの中、小さくても灯りをともすことが、音楽に課された役割なのだと思う。マルチーズロックが本作『人類観』で示したビジョンは、私たち一人ひとりが目の前の日常を輝かせ、よりよく生きるために、背中を押してくれるはずだ。

野田隆司(Music from Okinawa プロデューサー)

2021年8月の無観客ライブ配信映像。今回のアルバム収録曲のうち9曲が演奏された。

マルチーズロック「人類観」
2022年5月15日(日)リリース(*商品到着が遅れているため5/20頃の発売を予定しています)

<収録曲>
01. 1 2 3
02. オモテ・ナ・シ
03. 野生のサウンドウェーヴ
04. ヒーローズ
05. サビラーサビラー
06. おばぁの子守唄
07. 同じ月
08. バルーン
09. スパイダーとオクトパス
10. ラブコール
11. 人類観
12. ダンランラン
13. ダウンタウンダンス(2022.5.15) *ボーナストラック

Music from Okinawa/MfO-016/税込3,000円

販売サイト
https://musicokinawa.official.ec/items/58587897

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