2022年11月12・13日、タイの大型野外音楽フェス「CAT EXPO 9」がおこなわれた。
通常は年に一回おこなわれる当フェスであるが、今年は一年で2回おこなわれるという異例の年。去年の11月におこなう予定であった「CAT EXPO 8」がコロナ禍のあおりを受け延期に延期を重ね、今年5月におこなわれたため、年に2回開催される運びとなった。
上記のリポートでも紹介しているが、「CAT EXPO」とは、タイの音楽専門Webラジオ局「Cat Radio」(よく「インディーズ専門ラジオ局」と記載されているのを見かけるが、誰もが知ってるメジャーどころから、まだ名の知られていないインディーズまで幅広く扱っているラジオ局)が年に一回企画している大型野外フェスのこと。バンコク郊外にある稼働していない遊園地を貸し切り、2日間で100以上のバンドが5つのステージで演奏を繰り広げる(年によってバンド数やステージ数は変動)。
「CAT EXPO 8」にも出演者として関わっていたが、リポートではイベントや会場の雰囲気を客観的に伝えたかったため、出演者としての視点ではなく、一歩引いた視点でリポートを記すよう努めた。今回は逆に、出演者目線全開で記録をしたためてみたい。
日本語でのCAT EXPOのリポート自体が少ないうえに、演者目線でのリポートは皆無なんじゃないか。今後、CAT EXPOに出演することになるかもしれない日本のバンドに向け、リハや本番はどのように進むのか、事前準備の参考にしてもらえればと思う。
前日のサウンドチェック
11月になりタイも乾季となった。暑さも和らぎ、雨も降らない季節。のはずだった。今年の乾季は、何も和らがないし土砂降る。
金曜日の前日サウンドチェックも容赦なくステージが照り付けられていた。なるべく暑さがましになるであろう夕方の時間帯を選んだが、それもあまり意味はなく、ちゃんと暑かった。とめどなく流れる汗が目に入る。見かねたステージスタッフが、日光に直射されないよう日傘をさしてくれた。専用の扇風機も備え付けられている。小さすぎて全然効果はないのだが、その心遣いは有難い。
偶然だったのだが、6年間活動休止したままだった以前のバンド「aire」の解散ライブを今年9月におこなっており、CAT EXPOのステージスタッフがそのイベントの際もサポートしてくれてたスタッフだった。皆、僕らのことを名前で呼んでくれるし、細々としたことも覚えていてくれてサポートしてくれる。CAT EXPOでは、いつもお願いしているサウンドエンジニアが別バンドのシンガポールツアーに帯同していたため、いつもと違うサウンドエンジニアにお願いしていた。そんなこともあり、一抹の不安を感じていたのだが、ステージスタッフが皆顔見知りで、総力を挙げてサポートしてくれるので、とても心強かった。
タイのサウンドチェックは日本とはちょっと異なる。各自、自分の楽器をセッティングし、パートごとに出音のラインチェックをするまではほぼ同じ。この後、日本だと各自のモニターの調整をしてから、曲を演奏してモニターの微調整をする。
タイだとこのモニター調整をすっ飛ばし、まず一曲演奏する。で、そこからモニターから出して欲しい音を要望していく。とても非効率なのに、だいたいどのバンドもこの方法でリハをしている。自分のバンドでは、サウンドエンジニアに「じゃあ、曲でお願いします」って言われても、その前にまずはモニターの調整をお願いしている。
灼熱のリハ(温度的な意味で)が終わり、物販ブースに向かう。ライブ当日はシンバルセット、スネア、ペダル、スティック、ドラム用シューズ、その他あんなものやこんなものの運搬があるので、前日に物販を持っていった。CD、7インチレコード、Tシャツ。近年、CAT EXPOの出演者層は変化しており、なので、客層も変化している。恐らく、僕らがやっているような音楽を聴きに来る人は極少ない。なので、物販は極々少数だけ持っていった。雨が降る可能性も鑑み、椅子の上に物販をまとめて置き、その上からシートを被せ、さらに上から椅子を置いて防犯機能を付加(性善説に委ねる)。
サウンドチェックも物販の仕込みも終わったから、さて帰るか、と歩き始めたらCAT EXPOのスタッフから電話。相当に切羽詰まった声で「ジン、助けて、●●が●●になってる。こっちのステージに来て!」と。それはそちらで解決する問題だよなぁ、と思いつつ、いつもお世話になってるしなぁ、助け合いだよなぁ、と心で唱えながらヘルプに向かう。
ステージ上には各人からの怒りと焦燥のオーラが渦巻いていた。スタッフと話をし、対応を検討し、問題の解決に目途がついたので家路に。見事に渋滞の時間に巻き込まれ、家に到着したのがそこそこ遅めの時間になったので、この日はコンビニ飯で夕飯を済ます。最近のお勧めはグリーンカレー炒飯。デザートにはピノもどき。
出演当日
今回は土曜日の出演。良い時間帯にブッキングしてもらった。ポストロック勢で固められた時間帯で、こういうのが好きな人たちが集まってくれそう。と思っていた。
会場には昼過ぎに到着。ほぼ開場と同時刻の到着だったが、物販も少なく、ブース装飾をするわけでもないので、到着後3分で準備を済ます。
この時間帯はまだ日差しがきつい。反対側のブースは日陰になっている。真反対のブースがDesktop Error兄さん達だったので、挨拶がてら涼みにいく。ちょうどベースのトゥイさん、ドラムのメンさんがいたので談笑。今のタイインディーズシーンについて考えていることとか、来年の計画とか、そういう話をストレッチしながら聞く(身体が固いので、ライブ前は入念なストレッチが必要なんです)。
ドラマーは皆友達。ベーシストは皆相方。
それにしても、今回のCAT EXPOは人が少ない。今年は2回開催したとはいえ、スカスカだな、ってレベルで少ない。おかげで移動もしやすいし、ライブ見やすいし、フードブースも並ばなくていいし、こちらとしては快適なのだが、主催者としてはつらいだろうな。
今年後半になり、いよいよイベントが増えてきた。増えすぎた。海外アーティストのタイ公演も多く、Billie Eilishといったどメジャーどころから、音楽好きに人気のSigur Rós、beabadoobeeなどなど、チケットの値段もそれなりにするイベントが連続した。また11・12月はフェスが毎週末どこかしらで開催されており、なかにはラインナップが似通ってるフェスもある。今年のフェスは、お財布事情やラインナップの関係で、どのフェスも痛み分けになった感がある。
夕方になり、日差しがだいぶ落ち着いてくる。ブースのご近所さんにINSPIRATIVE、Moving and Cut、Hope The Flowers、minimal recordsなど友人達がいたので遊びに行く。その後、ブースゾーンをそぞろ歩き、ほうぼうで知り合いに会っては近況報告し合った。
エクスペリメンタルポップ「Beagle Hug」のギタリストであるバンクは、つい先日日本へ旅行に行ってきたばかりということもあり、日本で体験したあれこれを教えてくれた。
Beagle Hugは、どインディーではあるものの、CAT EXPOでは一番大きなステージであるSTAGE1への出演という大抜擢。いと喜ばしい。このバンドはもっと広まって然るべきだと、もう何年も前から思っている。
僕らFaustusの出番は20:30。ステージ裏には出番一時間前にスタンバっておけばいいのだが、機材の調整をしたかったのと、Alec Orachiを見たかったので、早めにステージ裏へ。
ステージ裏には演者用に弁当が用意されている。タイ料理オンリーで、だいいたい3種類用意されている。辛い系ご飯もの(ガパオ飯とか)、辛くない系ご飯もの(タイ風オムレツご飯とか)、汁なしの麺もの(パッシーユとか)。飲み物は水(まずい)、インスタントコーヒー(まずい)、ナームデーン=赤シロップ水(甘い)。
前回のCAT EXPOでは、ステージ裏に車で乗り付けて、このステージ裏弁当をごっそりもっていったバンドがいた。本当にごっそり抱えて持っていってて、その持ち去る姿も堂々としており、目を疑ったほど。車にはあのレーベルのあのミュージシャンが乗ってた。浅ましいな、お前ら。そうか、だからそういう音楽なのか。
僕は、少しでもイベントにお金を落としたいので、フードブースでお金払ってご飯を買う。今回はカルボナーラ、ケバブ、BBQ串などを購入。フェス飯なのに値段は良心的で、市内の屋台で食事するのとほぼ変わらない値段設定。助かります。
今回は全部で4つのステージ(直前にスポンサーステージが増えて全5つになった)。以前はステージに大小あり、さらに新人インディーズ専用ステージ「DOG STAGE」が用意されていた。インディーズ音楽も大切にするCat Radioの良心がこのステージに宿っていた。
が、今回はSTAGE1~3が大きなステージで(STAGE1はそのなかでも一番大きい)、STAGE4は奥まった場所に小さくポツンとあった。前回に引き続きDOG STAGEも無い。改めてラインナップを見てみると、ずいぶんと出演者層の変化を感じる。インディーズバンドは回を重ねるごとに少なくなっている。今回、インディーズバンドはSTAGE4に集中しており、コアな音楽好きが満足しそうなラインナップとなっていた。
出演者層の変化とともに客層も変化した。個人的にはSTAGE4が一番面白い音楽が集まっているステージだと思っていたのだが、PLOTやYONLAPAなど、インディーズシーンで人気のバンドでもお客さんがぎっしりとはいかないくらいの入り。楽しみ方は人それぞれというのは百も承知の上で、なぁ、これでいいのか。
ステージ裏に着いて荷物を降ろし、機材を一通り調整した後、ステージへ向かう。Alec Orachi、Common People Like Youを観賞し、Hope The Flowersの途中くらいでステージ裏に戻り準備を始める。
この頃にはSTAGE4の初日トリのチェンマイ発ファインギターポップ「YONLAPA」もステージ裏でスタンバってた。CAT EXPOの直前くらいにYONLAPAのインタビューをしていたこともあり、メンバーやマネージャーと談笑しながらストレッチ。
【Interview / インタビュー】タイ・チェンマイのファインギターポップ「YONLAPA」、日本ツアー後インタビュー
さて、僕らの出番。
この規模のフェスにしてはライザー(移動式のステージのあれ)が用意されておらず(せめてドラム用のライザーだけでもあると助かるのだが)、入れ替えも10分ほどで済まさなくてはならないので、大急ぎでセッティングする。セッティングが終わり、簡単なラインチェックをした後、ステージスタッフから開始の合図が出される。
気が急いたまま始めるとライブに影響するので、スネアとフロアタムに両の掌を置いて深く深く深呼吸を2度3度。メンバーに合図を送り、Faustusのライブを始める。
自分達で感じた自分達のライブの出来は割愛。僕らのステージを選んで足を運んでくれた人たちは、ライブを真剣に観てくれてたし、温かい声援を送ってくれた。本当に有難い。
ライブ後、僕らの物販ブースで買い物をしながら僕らの到着を待っててくれた人もいた。来年に企画しているイベントへの出演をオファーしてくれたタイ人だったり、数ヶ月前にFaustusを知ったということでわざわざ僕らのステージを選んで観に来てくれた日本人だったり、しばしの会話を楽しんだ。
いいライブって定義が難しくて、自分達が良いと思っても外から見るとダメダメだったり、自分達が上手くいかなかったと思ってもベタ褒めされることもある。自分達にとっても、見てる人達にとっても、相思相愛に想いをやり取りして、想いが増幅して会場を突き抜けるほど熱狂して、後々も記憶に残っていくようなライブ。そういうのをずっと目指している。
そうそう、今回はCAT EXPOに参戦している日本人が多かった印象。タイに住んでる日本人も、日本から来た日本人もいた。みかけただけでも10人以上はいたかと思う。タイのフェスと言えば「Big Mountain Music Festival」が日本人のなかでは有名なのかと思っていたが、だんだん変わってきたのかな?
皆さん各々お目当てはいるんだろうけど、偶然知ったバンドを気に入り、そこから深掘りし、タイの音楽シーンにハマる人が増えれば何よりです。
ただ、皆さん、帰りの市内への足を確保するのが大変かなと思う。市内から会場へ向かうときは、タクシーがそこら中にいるし、配車アプリでの手配も簡単だと思うんだけど、帰りが地獄絵図。終演後、数千人、数万人がいっぺんに家路につくので、タクシー争奪戦が繰り広げられる。配車アプリもこれだけの人数はさばけない。また、会場出入口はメイン通りに面していないため、そもそもタクシーの往来が多くない。
解決する手段は色々あるけど、一番楽なのは車を一日チャーターしちゃうこと。帰りの足を心配することなく最後までステージにかぶりつけるし、物販でしこたま買い物して荷物が多くなっても車に置いておけるし、会場の暑さにやられて涼しい場所で休みたいときにもクーラー利かせた車内で休めるし(CAT EXPOは再入場可)、色々と便利。複数人でチャーターすれば、もしかしたらタクシーや配車アプリ使うより安上がりかもしれない。
または、メイン通り、もしくは、Fashion Islandというデパートまで歩いていけば、タクシーも比較的多く往来しているので、そこで捕まえるのもあり。メイン通りまでは徒歩5分弱、Fashion Islandまでは徒歩10分ほどじゃないかな。
また、CAT EXPOのチケットを日本から入手するの、なかなかに骨が折れるんじゃないだろうか。チケット販売サイトが海外クレジットカード対応していればいいんだろうけど、そうじゃない場合、通貨はタイバーツだし、案内文はタイ語だし(インターナショナルフェス「Maho Rasop Festival」のように英語アナウンスが充実しているフェスなんてタイにはほぼ無い)、購入できたとしてチケットをどう受け取るのか不安だろうし。チケットの手配、および、市内から会場への行き来の手配をまるごと引き受けるサービスがあれば、助かる人多いんじゃないだろうか。
タイは、国として世界に誇れるソフトパワーを推進しようとしてた気がする。タイ観光庁さん、CAT EXPO(じゃなくても、他のフェスでもいいけど)への参戦ツアー企画、よろしくお願いします。
ちなみに、筆者はCAT EXPOへの連続出演記録更新中。aireで出演したDOG STAGEから始まり、Chub Du(日本からの出場であったがドラムがいなかったためサポートドラマーとして参加。光栄の極み)、INSPIRATIVE、Wednesday、そしてFaustus、と、毎回出演バンドは異なるものの9回連続で出演できている。日本人ミュージシャンでこの記録を破る人は出てこないかと思うが、ここまできたら来年も出演して10回連続を目指したい。10回連続出演が果たせた暁には、Cat Radioの偉い人から何かもらおうと思っている。ゴリラとか。
23時頃に会場を後にした。ライブでエネルギーを使い果たしてすっかりお腹がペロペロだったので、Foodlandという24時間営業のスーパーに併設されている、これまた24時間営業のレストランへ向かう。深夜でもしっかりと美味しいご飯が食べれるし、メニューも豊富で意外と安価。さてお店に入ろうか、というところで、さっき会場で別れたうちのギタリストのMoに会った。Moもお腹がペロペロだったらしい。美味しい炒飯だった。
※Music Lane連載との連動プレイリストも合わせてどうぞ。
Music Lane連載 連動プレイリスト「めくるめくタイインディーズの世界」
■執筆者紹介
Ginn
タイ・バンコク在住15年。タイ人メンバーと結成したポストハードコアバンド「Faustus」で自身でも音楽活動をしつつ、日本とタイのインディーズシーンを支援するためのレーベル「dessin the world」を主宰。「日本の音楽をタイに。タイの音楽を日本に。」をコンセプトに、日・タイ音楽交流のための草の根活動をおこなっている。
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